愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「おはよう、川上さん。
すごくいい匂いがする」
「…っ」
それに対して瀬野はすごい。
私のそばまでやってきたかと思うと、さりげなく後ろから抱きしめてきたのだ。
「ちょっと、包丁使ってたらどうすんのよ…!」
「ちゃんと見てたよ、今は使ってないなーって」
今、絶対に瀬野はニコニコ笑っている。
嬉しそうな声で彼の表情は簡単に想像ができた。
「いつもありがとう」
「……別に、瀬野の分は私のついでだし…」
「それでも嬉しいよ」
「……うん」
これが精一杯の素直。
受け入れるだけでも頑張っていることに気づいてほしい。
「なんだか夢みたいだ」
「夢?」
「昨日のこと。夢じゃないよね」
「……っ、知らない」
つい反射的に良くない答え方をしてしまう。
本当に私って学習能力がないのだろうか。
「そんな悲しいこと言わないで」
「……私は、覚えてるけど…あんたが夢だと思ってるならそうなんじゃない」
「え…」
「…っ、は、早く部屋に戻って!」
顔が熱くなるのがわかる。
見られたくなくて、結局は瀬野を拒否してしまう。
「……ふっ、かわいい」
最後に一言だけ残した彼が、私の頭に一度手を置いてからキッチンを後にする。
不思議なことに、その動作だけでもドキドキしてしまう自分がいた。