愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
信号が青に変わり、足に力を入れて自転車を漕ぎ始めたその時───
「……川上さん?」
その声は突然耳に届いた。
車が通る音にかき消されることなく、はっきりと耳に届いたのだ。
思わずブレーキをかけて止まる。
周りを見渡したその時、公園から出てきたであろうクラスメイトの姿があった。
「瀬野くん、まだ帰ってなかったの?」
わざと驚いたふりをする。
視界に映っているのは、紺色のマフラーを巻いてもなお鼻を赤く染めている瀬野涼介だった。
いつも友達に囲まれているイメージが強い瀬野は、今ひとりでいることに違和感を覚えるほど人気者である。
そんな彼がどうしてひとりなのか、気にはなるけれど驚くほどでもない。