愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「まあ利用者なんてごく僅かだろうけど。
俺以外にいるのかな」
「瀬野くんはよくここに来るの…?」
「たまに。こうして来てる。家庭環境のことで色々あるから、理由もなく先生から鍵を借りれるんだ」
中からも鍵をかけられるようになっており、慣れた手つきで鍵をかける瀬野。
一瞬ドキリとしたけれど、『安心して』と笑いかけられる。
「鍵はもうひとつあって、あまり篭り過ぎると先生が様子を見に来る仕組みになってるから。何も悪いことはしないよ」
私の心を読み取ったのだろう、正確に返される。
その言葉に安心した私は、瀬野に続いて畳の上に足を踏み入れた。
それにしても───
瀬野“も”家庭環境に問題があるのか。
それを先生に相談している様子。
私は絶対に相談したくない。
弱い自分は誰にも知られたくないのだ。
「ここなら誰の目も気にしなくていいから楽だよ」
「すごく落ち着く場所だね」
畳の色も、茶色いテーブルも。
真っ白な壁紙だって、心を落ち着かせる仕様になっている。
「ごめんね、川上さんに迷惑かけて」
「ううん、本当に気にしなくていいから…!むしろ私なんかと誤解させちゃって申し訳ないくらい!」
「そんなことないよ。川上さんは俺になんかもったいないくらいの人だから」
壁にもたれるようにして腰を下ろす瀬野は、どこか落ち着いていて普段と違うように見えた。
これ以上謙遜しても終わらないと思い、口を閉じる。