愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜




すこしの沈黙が流れたあと、それを破ったのは瀬野からだった。


「でも伝わって良かった」
「えっ…」

「川上さん、頭の回転が早いんだね」
「わ、私が…?」


わざと驚いたフリをする。
当たり前だ。

予期せぬ瀬野の行動に、どれほど頭を使ったことか。


「戸惑ってる時間、少なかったよね。
相当頭がキレる人なんだなって思った」

「そ、そんなことないよ…!
私なんか全然で」

「焦ってるように見えて意外と冷静だよね、川上さん」


まるで私の本性を見抜こうとしているような。
そんな気がして不快だ。


「せ、瀬野くんこそ…危ない人じゃないの?」
「俺が?」

「実は噂を耳にして…良くない噂」


話を切り替えるために、先ほど聞いた噂を口にする。
自分に焦点が当たらなければ何でもいい。


「へぇ、どんな噂?」


まるで知らない素振りだが、実は演技なのではないかと思ってしまう。

深読みだろうけれど。


「女の人と…その、夜に…」


わざと歯切れの悪い話し方をする。
口にするのも恥ずかしいという、照れているフリだ。


「女の人と、夜に…ね。
何の話かわからないな」


嘘だとすぐにわかった。
表情を一切変えず、言葉だけの否定だったから。

こんなことで嘘を突き通せるとでも思ったのだろうか。

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