愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「そ、そろそろ帰ろうかな…ご飯、まだ食べ終えてないし」
「川上さんの作ったお弁当、本当に美味しかった。ありがとう」
悪いけれど、ここは逃げることを選ぶ。
偽りの自分で相手に背中を見せることなんて、全く恥ではない。
「本当?良かったぁ」
最後に笑って見せて、靴を履いたその時───
「行かないでって言ったら、川上さんは止まってくれる?」
足音もなく、いつのまにか私の背後に来ていた瀬野の手が腰に回される。
耳元でかかる瀬野の吐息に思わず肩がビクッと跳ねた。
こんなこと初めてされるため、体は固まってしまう。
吐息のかかった左耳が少し熱い。
どうしてか、腰に回された手もいやらしい気がして。
無意識のうちに鼓動が速まってしまう。
頬も少しだけ熱を帯びるようで、嫌な汗が流れた気がした。
その時初めて、驚くほど自分は男に免疫がないのだと気付かされる。
「せ、瀬野くん…!どうしたの急に?」
それほど強い力ではなかったため、慌ててその手を引き剥がす。
でないと呑まれてしまいそうな、そんな気がした。