愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜



そのタイミングを見計らって、私は彼の手を離す。
もう大丈夫だと思ったから。


「涼介…」

瀬野の目の前で立ち止まった彼女。
瀬野なんかよりもずっと身長が低い。

けれど彼女が震える手を伸ばした瞬間、瀬野はビクッと肩を震わせた。


暴力を振るわれた過去を思い出したのだろう、瀬野は身構えていた。

これが今の彼女が犯した過ちである。
案の定、彼女は苦しそうに顔を歪ませていた。


後悔したって過去の恐怖はなくならない。
けれど、これから変えていくことはできるのだから───


「ごめんね涼介…本当に」

視覚でもわかるほどの優しい手つきだった。
そっと壊れ物を扱うように、彼女の手が瀬野の頬に添えられる。

暴力を振るわれることはない。
瀬野はそう理解したようで、身体の力が抜けた様子。


彼女は泣いていた。
頬を濡らして、体を震わせながら。

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