愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「……もう、いいよ」
それは冷たさなのない、優しい声音だった。
「もういいから」
その言葉には瀬野の様々な感情が含まれているようだった。
事実、彼は何とも言い難い複雑な表情を浮かべていた。
過去の恐怖はそう簡単に消えない。
だからこそ、今日の再会が前に進める一歩になってほしい。
その後、瀬野は母親をベッドで横になるよう口にした。
彼なりに入院中の彼女を見て心配したのかもしれない。
彼女は瀬野の言葉に従い、ベッドに戻ったけれど。
上体は起こしたままで瀬野を見つめていた。
油断したらまた泣き出してしまいそうだ。
最初は気まずい沈黙が流れていた。
けれど、それを破ったのは瀬野だった。
「……身体、悪いの?」
どこか他人行儀であったけれど、それは仕方がないだろう。
親子としての時間があまりにも短すぎたのだ。
「少しね。きっと馬鹿な私を天が見過ごさなかったんだろうから…」
瀬野と再会してもなお、彼女は治療をするという選択をとらない。
むしろ死ぬ覚悟はできていると彼に伝えているようなものだ。