愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜



「お前が煌凰に来れば、仁蘭も大きく動き出すだろう。この中途半端な空気が終わりに進む」


このような男がいる場所に私はこれから向かうのだ。
欲に塗れた、この男のそばに。

もし抗おうものなら、新たなる策を講じてくることだろう。


それも残酷なものだろう。


「ねぇ」
「……どうした」

「瀬野の母親を脅しの材料には使わないで」


せめて。
せめてこの頼みだけは受け入れて欲しい。

ようやく前に進める状況まできたのだ。
それの邪魔をして欲しくない。


「それでお前が瀬野と綺麗に別れるなら、考えといてやる」

「だから私はここにいるんでしょ」


じっと相手を睨む。
もちろん怯むわけないけれど。


「まあそうだな。
そんなお前にこれをやるよ」

「……これは?」


話を逸らされてしまったけれど、彼に何かを渡される。

それは小さい封筒だった。
少し怖かったけれど、中を確認すると───



「……っ!?」

「そう驚くな。
ただの睡眠薬だから」


中身は白い粉が入った袋だった。
どうやら睡眠薬らしい。

どうしてこんなものを…?


「あいつの目を(くぐ)って抜け出すのは難しいだろう?だからこれを飲ませて、眠らせればいい。

バレたら意味がないからな」


この男はどこまでもズルくて、そして抜かりない。
敵わないと素直に思った。


「期限は1週間、自分で言ったことを忘れるなよ」

低い声での脅しに、ゾッと肩を震わせる。
もう抜け出せない場所まできたのだ。


どうか瀬野と母親が逃れられるように。
そのためには、目の前の男に従う他なかった。


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