愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
*
行きのバス同様、帰りのバスでもふたりの間には静かな空気が流れていた。
私が病室を後にしてから、母親とどのような話をしていたのか。
それは聞けないでいた。
というより、瀬野を見ていると“上手くいったのだろう”と思えたのだ。
「今日はありがとう、川上さん」
静かな空気を破ったのは瀬野本人だった。
穏やかな口調で、彼は落ち着いていた。
「……来て良かったでしょ」
「うん。来てなかったら後悔していただろうなって」
「もう大丈夫なの?」
「今は大丈夫だけど、正直これからのことは予想できないな」
それはそうだろう。
いきなり打ち解けて、幸せな親子関係が築けるわけでもない。
これからの母親や瀬野の行動次第で変わることだろう。
どうか積極的にコミュニケーションを取って欲しいのが本音だ。
「まあ焦ることもないんじゃない?」
「……そうだね」
今の瀬野はどこか吹っ切れているようにも見えた。