愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜






行きのバス同様、帰りのバスでもふたりの間には静かな空気が流れていた。

私が病室を後にしてから、母親とどのような話をしていたのか。


それは聞けないでいた。

というより、瀬野を見ていると“上手くいったのだろう”と思えたのだ。


「今日はありがとう、川上さん」

静かな空気を破ったのは瀬野本人だった。
穏やかな口調で、彼は落ち着いていた。


「……来て良かったでしょ」
「うん。来てなかったら後悔していただろうなって」

「もう大丈夫なの?」

「今は大丈夫だけど、正直これからのことは予想できないな」


それはそうだろう。

いきなり打ち解けて、幸せな親子関係が築けるわけでもない。


これからの母親や瀬野の行動次第で変わることだろう。

どうか積極的にコミュニケーションを取って欲しいのが本音だ。


「まあ焦ることもないんじゃない?」
「……そうだね」


今の瀬野はどこか吹っ切れているようにも見えた。

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