愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「好きな人が目の前にいるのに何もできないって歯痒いね」
「…っ」
冗談ぽさなどなく、どこか真剣だと思わせるトーンで。
“好きな人”と口にする瀬野に胸が高鳴るのがわかる。
このままでは本当にダメだ。
「まだ早い…」
私たちはまだ高校生。
瀬野は慣れているだろうけれど、私にはまだ早い。
「いつなら許してくれるの?」
「……卒業してから」
「あと一年以上先になるの?
辛いなぁ」
わざと落ち込んだフリをしたって頷かない。
最後の機会かもしれないけれど、もし離れるとわかっていなければ了承しないことだろう。
だから私は拒否をする。
離れ難くならないように。
「また触れたらダメのルールに戻すよ」
「……それだけは嫌だ」
「ダメだと言っても触れるくせに」
「でも川上さんが嫌がる姿を見るのは胸が苦しいよ」
逆だろう。
私の反応を見て楽しそうにするに違いない。
「嫌ならこの話は終わり!
早く帰るよ」
「うん…今日はもう川上さんから離れないでいよう」
「ベタベタくっつかないでよね」
口では拒否していても、結局瀬野の思い通りになってしまうことはもう目に見えている。
家に着き、まずはふたりでご飯を作って済ませた。
その後は本当に言葉通りの、のんびりした時間を過ごしていた。
ふたり寄り添い、この何気ない時間が一生続けばいいのにって。
けれど穏やかで、幸せな時間はそう長くは続かない。
別れの時間は、もうすぐそこまで来ていた。