愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「……うん、今から電車に乗ろうと思って」
目を細めて穏やかな笑みを浮かべる瀬野。
端正な顔立ちで爽やかな彼は、人気者であるのと同時にモテる。
私もそれなりに人気者であろうと心がけているけれど、彼ほど目立ちたいとも思わない。
“それなりに”が自分に合っているのだ。
「そうなんだ。
じゃあまた明日ね」
先ほど、彼は私の苗字を呼んだけれど。
仲良く話すほど親しくない私たちは、形式的な会話で終了だ。
もし私じゃなくても、知り合いなら瀬野は声をかけていたことだろう。
私は自然に見えるような笑顔を浮かべ、また自転車を漕ぎ始めようとしたけれど。
「待って…!」
突然彼が私を呼び止めたものだから、さすがのこれには心から驚いてしまった。
「……瀬野くん?」
心の中では“瀬野”と呼び捨てにしながらも、ちゃんと“くん”呼びで返す。
そして言葉の続きを待っていたら───
「実はさ…家、追い出されたから泊めてくれないかな」
人気者の彼には似合わない頼みごとをされて。
一瞬頭が真っ白になり、固まってしまった。