愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
少し足早に靴箱へと目指す。
一階に全学年の靴箱が集結しているため、特に要注意の場所である。
「ここでキスして誤解される展開ってアリかな?」
「…っ!?」
ここはさっさと履き替えて教室に向かいたいところだったけれど、良からぬことを言い出した瀬野。
やけに近い距離で私に質問してきた。
「ちょっと何言ってるかわからないかな…あはは」
完全に作り笑い。
側から見れば困っているように見えるだろう。
大丈夫、私はやらかさないぞと。
「本当に手強いね、川上さん」
「……ありがとう、なのかな?」
もうゴールまであと少し。
けれどもし教室に誰もいなかったら、それはそれで危険である。
せめてひとりでも誰かいてくれることを願い、教室がある2階に着いたけれど───
「あーあ、着いちゃったね。
じゃあ俺はここで」
「……えっ」
瀬野は教室に行く前に私に別れを告げる。
あまりにも予想外だったため、思わず驚いてしまった。
「何、もしかして俺も教室に来て欲しかった?」
「……瀬野くんは今からどこ行くの?」
瀬野の言葉を完全に無視して質問する。
別の目的でもあるのだろうか。
「川上さんと教室でふたりきりもいいけど、いつも早くに来てるクラスメイトに不審がられるかもしれないでしょ?
だから俺はいい時間になるまで相談室にいようかなって。ついでに今日の宿探しもしないと」
宿探し。
その言葉にドキリとしてしまう。
今日も瀬野は大人の女に泊めてもらい、お代として体を重ねるのだろうか。
毎日毎日そんなやり方をしてまで家に帰るのが嫌で。
それでも辛くないのだろうかと。
瀬野自身、体を重ねることに悦びを感じているわけではなさそうだ。