訳あり冷徹社長はただの優男でした
翌朝、出勤しようと玄関で靴を履いていると、リビングから柴原さんが慌てて出てきた。

「待って美咲、病院から電話だ。もう危ないからすぐに来てくれって。」

ちょうどすずも保育園に行く準備はできていたので、そのまま三人、すぐに柴原さんの車で病院へ向かった。

病室の扉を開けると、昨日まではなかった酸素マスクと心電図を付けた姉がベッドに横たわっていて、ずいぶんと物々しい雰囲気になっていた。

「ぜひ声をかけてあげてください。」

看護師さんが私たちに気づくと、すっとベッドの横を空けてくれる。

「お姉ちゃん!」

「有紗。」

呼び掛けに、まったく反応はない。

「すず、ママって言ってあげて。」

「ねえね、だっこして。だっこ、だっこ。」

すずは理解していないのか、しきりに抱っこを要求してくる。だけど視線はママの方に向けている。
理解していないわけじゃない。
きっとすずなりに、何か考えているのだろう。


心電図がピーと一直線になった。


三人でお姉ちゃんを看取った瞬間だ。
ようやくすずがママと小さい声を発した。
私はすずを抱っこしたまま、きつく抱きしめた。

人の命は儚い。
儚いのだ。
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