ティアドロップ(短編)
1 再会
「見つけた」


その声を聞いた瞬間に気持ちが10年前に引き戻された。

曇り空の下、ここは工場付近の寂れた路地だというのに、彼の姿があるだけで世界が眩しく見える。


「西園寺さん……」


もう二度と会えないと思っていた。
それでも、幾度となくその姿を夢に見た。


最後に会ったのは私が大学4年の頃。当時大学院生だった彼は今年で34歳になるはずだ。


「本当に…お久しぶりです」


年齢より若い印象を残した切れ長の瞳。それでいて、大人の落ち着きが西園寺さんの魅力をさらに増している。

ストイックな印象のスーツ姿は学生の頃よりも精悍で、その手に抱きしめられたら……と、つい思ってしまう。


そんな自分が嫌でしょうがない。


「こんな場所にいるとは灯台元暗しってヤツだな。

大学の知り合いに聞いても全然居所が掴めなかったんだけど、お前友達いねーの?」


「いますよ、友達くらい。久しぶりなのに酷い言い様ですね」


口を尖らせて答えたけど、本当は昔と変わらない意地悪な態度が嬉しかった。もし他人行儀に話をされたら淋しくて窒息していたと思う。






「この饅頭、不味いんだよ」


「……え??」


「こんなの、俺は認めない」


いきなり現れたかと思えば、酷いクレームである。西園寺さんはスーパーで買ったと思われる『ももたや まんぢう』を私に押し付けてくる。


かつては私の実家で作っていたお饅頭。今は工場生産になり、きれいにパッケージされてスーパーに並んでる。


「レシピはできる限り再現して貰ってるんですよ。ただ、一定の品質を保って低価格で販売するには多少の改善が必要で…」


「『お客様センター』で聞くような話は聞いてねーよ。

時乃はこれでいいのか?」



トキノ、と下の名前で呼ばれて心臓が跳ねる。西園寺さんにそう呼んで貰えたことなんて、たった一晩だけだったのに。


距離を詰めた彼に左手を掴まれた。簡単に手なんか触らないでほしい。西園寺さんに触れられるのは、私にはとても特別なことだから。


「お前、もうとっくに結婚してたんだな。

……相手は俺の言ったことを守って選んだ男か?」


彼は私の左手薬指の指輪に触れた。その目が不機嫌に見えるのは、きっと私の自惚れだ。


手を触れ合わせているのが限界だったので、こくこくと頷く。顔の近くで目が合うと昔の記憶が掻き立てられた。

彼の瞳が、時には衝動を隠しもせずに熱を帯びるのを知ってる。野生の獣のような広くて美しい背中も。


全ては忘れなければならない記憶。



「時乃は…幸せなのか?」


「もちろん幸せに決まってますよ。三年前に結婚してから、ずっとラブラブです」

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