ティアドロップ(短編)
「可愛い」
気を使って言ってくれたんだと思う。
西園寺さんは意地悪も言うけれど、困ってる人を見過ごせない優しい人だ。そうじゃなきゃ、今日私を連れ出してくれたりしないだろう。
「あの、本当に無理しなくて大丈夫ですから。私なんかに気を使ってくれなくても」
「それ、俺の好きにしていいって言ってる?」
クスクスと笑いを含んだ声が、すぐ耳の近くから聞こえてきた。くすぐったくてびくっとすると、体を落ち着かせるように髪を撫でられる。
悪人ぶった言い方をしてるけれど、西園寺さんが私に恥をかかせないようにしてくれていることは考えるまでもない。優しくて、申し訳なくて泣きたくなる。
「そう卑下することもないだろ。
恐縮されても困るし、『ごっこ』でいいから俺達が恋人ってことにしないか?」
「そんなこと…申し訳なくて」
「『申し訳ない』とか『すみません』は禁止。それ言いたくなったら『好き』って言って」
「禁止?
…わかり、ました。……好き、です…」
「ははっ、ぎこちねーな」
おでこが西園寺さんの顎に触れて、均整の取れた顔立ちが間近に見える。きれいな鼻筋と引き締まった口元。ちょっとだけ怖そうな印象の目元も、今は優しい表情をしてる。
また目が合ってしまい、びくっとして視線を外す。
「ぶ、小動物かよ」
「すみませんつい、じゃなくて、
…好きです」
「時乃」
その時初めて下の名前を呼ばれた。西園寺さんが私の名前を覚えてるとは思ってなかった。手を繋いだまま、手のひらをゆっくりと撫でられる。
「誤解してるようだから言っとくけど、できるとかできないとか、気にすることないから。
触れ合って気持ちよくなれるなら、こんな他愛ない事でも特別だし。時乃が受け入れられる分だけでいいんだ」
「でも…」
まどろみのような心地好さは、私が知識の上で知ってる行為とは全然違う。
そう思ったのに、西園寺さんはどんな魔法を使ったのか、脚がすくむような変な感じに変わった。手のひらがもどかしくて、もっと撫でてほしいと思ってしまう。息が上がって呼吸を聞かれるのも恥ずかしい。
「…っ 好き、です…」
「煽るなよ、焦りたくない」
手の体温が溶け合って、指先まですっかり同じ温度になる。さっき西園寺さんが言ったのはこういうことかなとおぼろげに考えて、でもその思考はすぐに飛んで行った。
唇に熱が触れて、溶けるような淡さなのに身動きができなくなる。体が硬直していたのか、西園寺さんに心配されてしまった。
「唇にキスされるのは、さすがに嫌か」
「いえっ、そうじゃなくて。初めてで」