ティアドロップ(短編)
そんなの決まってる。
奈落に落ちるように西園寺さんを好きになって、気が変になりそうだったから。未練の欠片もなく旅立っていく西園寺さんを見たくなかったから。泣いたりして、困らせたくないから。
……。
「別に、何となくですよ。早く帰りたかったし、西園寺さんのこと好きだったわけじゃないし」
嘘は得意。体が壊れそうな言葉すらつるつると出てくる。もちろん涙なんか見せたりしない。
「良いぜ、腹は決まった」
西園寺さんははっとするほどの力で手を繋ぎ、指先を絡めた。
止めて。お願いだから止めて。西園寺さんに手を触れられるのは、私にとって特別で、こんなのは苦しすぎる。
「っ…はなして」
「離さない。今度こそ離さない。もうお前は俺のそばを離れるな。」
冗談を言っている表情ではなかった。真っ直ぐに瞳を見返したことを後悔する。きっと視線だけで簡単に焼き尽くされてしまうだろう。
「何を言ってるんですか、迷惑です」
「嘘だな」
「どうして嘘だなんて言うの?自分が声をかければ私なんか簡単になびくと思ってるの?」
「そんなんじゃねーよ。何度も警告したろ」
警告?
何だろう。わからない。
「簡単なことだよ。お前は自分の感情に100パーセント嘘を言う」
「え?」
「発言の裏を返せば、お前ほど素直なヤツもいないってこと。
だからお前が俺を必要としてることは分かりきってるんだ。」
「そ…そんなわけありません!自分勝手な解釈です!」
ぶんぶんと乱暴に首を振った。私の気持ちが悟られたらダメだ。それは絶対許されない。
「せめて幸せなら、見逃してやるつもりだったんだ」
「幸せですよ。もう十分幸せなんです。お願いです。幸せですから…」
「そうだな、嘘つき。
お前はこれに囚われてるんだろ」
西園寺さんは胸ポケットから包み紙を取り出す。
「それは…」
今はもう見ることのない、古めかしいデザインの包装紙。赤みがかった明るい茶色に「ももたや まんぢう」と印字されている。実家が商いをしていた頃のものだった。