ティアドロップ(短編)
「寒い…」


幸久さんの視覚を満足させるための下着姿。これは彼がプレゼントしてくれたものだ。豪華だけど自分ではとても選べないデザインをしてる。


「お布団かけてもいい?」


「駄目」


体の中に差し入れられた指が痛くて悲鳴をぐっと堪える。彼の喜ぶようにしないともっと辛い思いをするのを知ってるから、こういうのも耐えられる。



一年前に幸久さんが浮気した。その理由が「私を抱いてもつまらないから」。


「本当に体だけの関係なんだって。愛してるのは時乃ちゃんだけ。でも抱くのはまた別じゃん?

正直なところ刺激も無くなってきたから、単純に新しい方が良いっていうだけでさ」



彼はこの言葉を、私ではなくお義母さんに言った。

本家の広いリビングで開かれた家族会議でのこと。浮気相手がシブヤ健康フーズの女性社員だったから、慰謝料とか、いくら出せば相手は黙っているとか、そういう話し合いだった。


私は完全に部外者で、誰も私と目を合わせず、誰も私の意見を聞かない。まるで自分がここに存在していないみたいに。

家に帰って幸久さんが「ごめんね」と言ったときには、少なくとも彼には私が見えているんだとほっとして涙が落ちた。


それを許しと捉えたのか彼は私を抱いて、その日から心と体を切り離すのは得意なのだ。


けれど、



「…っつ…」


「ここが好きなんでしょ」


寒さと疲れのせいか、今日は上手く痛みを逃せない。彼が動く度にひきつれるような感じがする。



助けて



どこの誰に向けたわけでもない言葉を思い浮かべて、その瞬間に西園寺さんを思い出した。結婚指輪に触られた時を思い出すと、急に体の痛みが楽になる。


あ……


駄目だ


これはいけないことだ。



直感的に許されないことをしていると悟った。だけど痛みを逃れようとする体は彼の幻想を求めるのを止められない。







「……ぁっ」




ごめんなさい。ごめんなさい、幸久さん。
私は最低です。


シーツに顔を押し付けながら十年前の夜を思い出していた。



誰か、私を罰して。



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