ティアドロップ(短編)
少しだけ眠い気がして、気が付いたら何故か全然別の場所にいた。優しい間接照明のついている部屋に大きめのベッド。私はソファーに座っていて、部屋の入り口にはスーツケースが置いてある。
「ここは……」
「起きた?
二人で抜け出して来たんだけど、覚えてないか」
どうして?と不思議に思った瞬間に全てを思い出す。
「ごっ…ごめんなさいっ!!西園寺さんの大事な送別会なのに、私ったらとんでもないお願いを……!」
「飲み会なんて、あとは無駄に酔っぱらうだけだろ」
ローテーブルには、花束とみんなで書いたメッセージカードが置いてある。
ティーサーバーでお茶を淹れてくれて、勧められるままに口をつけた。西園寺さんはいつもと全く変わらない様子で「なんか小腹減った」とルームサービスのメニューを覗き込んでる。
「それなら……良かったらこれ、実家のなんですけど」
古めかしい包みの「ももたや まんぢう」を差し出す。これは私の実家で営んでいる小さな和菓子店の看板商品。
「お、『ももたや』のだ」
「良いのか?」と嬉しそうに開けて食べ始める。若い男の人には珍しく、西園寺さんは実家のお饅頭が好きだった。どうやら子供の頃からおじいさんと一緒に食べていた影響らしい。
「フクロウ形なんて売ってたっけ?」
「こっちは非売品です。新しい門出なんで縁起物にしてみました」
調理場で材料を分けて貰って、形を作って蒸し器にかけた。私が作ってるから不恰好だけど、味は美味しいはず。
「ってことは何だよ、元々俺に持ってきてくれたんじゃん。隠してないで渡せよ」
「明日出発って聞いたから、荷物になるかと思って」
「余計な遠慮すんな」
口元にお饅頭を押し当てられ、条件反射でぱくっとくわえる。うん…大丈夫、いつもどおり美味しい。
「旨いな、すっげー普通なんだけど旨い。この感じが百田屋なんだよな…。
にしても、フクロウって縁起良いんだっけ?」
「『不苦労』とか『福路』って言われて、御守りにも使われるモチーフなんです。災いを避けられるように、と。
西園寺さんの、大事な門出だから。」
「はは、百田ってばーちゃんみたい。」
「……」
ホテルに二人きりの状況で「ばーちゃんみたい」と言われてしまうとは。何となく予想はついていたけれど、西園寺さんと私では、並んでお饅頭を食べるおばあさんと孫になるらしい。
「嘘、ありがとな」
はにかむように西園寺さんが笑った。見たことのない表情だったから、びっくりしてすぐに目を伏せる。