ティアドロップ(短編)





どうしよう。


何も話さないと気まずい、かもしれない。

困ったな、西園寺さんと二人きりで話すことなんて殆どなかったし…美月のように気の利いた話題は探せないし。

沈黙を埋めたくて話し始めると、声が上ずっていた。



「今日は人が多すぎてお店貸切状態でしたね。西園寺さんはみんなに慕われてて、凄いです」


「どーだか。集まって酒飲みたいだけだろ」


「違います、みんな西園寺さんと少しでも一緒にいたいんですよ。また会いたいって思ってるんです。」


「みんな?百田は?」


西園寺さんにじっと目を覗きこまれる。切れ長の瞳に吸い込まれそうで、怖くなって目をそらした。


「なんだよ、臆病なヤツ。
すげー大胆に誘ってきた癖に」


改めて自分の暴言を思い出す。酔っ払っていたとは言え、なんて恥ずかしいことをしてしまったんだろう。ソファーに正座してがばっと頭をさげる。


「すみません、さっきは軽はずみなこと言って。西園寺さんを困らせたくないですし、こんな…」


「馬鹿、もう十分困らせてるよ。

まったく…この先いつ戻ってこれるかも分からないのに」



顔を上げるとまた西園寺さんと目が合った。さっきから目が合う度に変な感じがする。魚が水面を跳ねるように心が波立つのがわかる。



「このまま」


視線を外そうとすると制される。耳の上に手を添えられて、顔を背けられなくなった。


「逃げないで、俺のこと見て」


そう言われてもすぐに限界になってしまう。少し眉を寄せた瞳を見つめると、耐えられないほど苦しくなる。


「も…無理、です

息、できなくなるので…」


目を伏せて「はー、はー」と呼吸を整えると、ぎゅっと抱き寄せらていた。


「…あのっ」


心臓の音がうるさい。西園寺さんにまで聞こえたらどうしよう。


「私の押し売りなのに、こんなの申し訳ないですから。」


西園寺さんは私を抱きかかえたまま片方の手を繋ぐ。指を絡めた、恋人繋ぎ。



「よく覚えとけよ。

少なくとも俺より優しい男にしか気を許したらだめだ。この先も絶対にな」



「は、い…」


そう返事をしながら、さっきよりも強烈な痛みが胸を締め付けた。どうしてだろう、苦しくて西園寺さんの温かい胸元に顔を埋めたくなる。


まるでその気持ちを読んだかのように、腕の中に体を包み込んでくれた。目のくらむような心地がして痛みが溶けていく。気が付けば私の方からもぎゅっと西園寺さんに抱きついていた。


< 9 / 18 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop