舞姫-遠い記憶が踊る影-
歩道の脇を見るに、この数日のお天気でやはり少しずつ雪が解けてきたようだ。
真っ白の雪から土交じりの茶色の雪も、そこかしこに見てとれた。
土も草木も、春が恋しいのは何も人間だけじゃないらしい。
けれど、こういう時こそ慣れている者でも足元が危ないというもんだ。
「春の報せにはまだ遠いが……」
「なに?」
「いや、ね。雪崩は春の報せとも言うだろう?だけどまぁ、ここのところ天気が良かったからね。気を付けるに越したことはない」
「あぁそうだね。この辺りは山からは遠いけれど、路面も凍ると危ないしね」
この数日こそ晴れてはいたものの、タキが来た日に初雪が降って以来、次第に雪は深くなっていて、今ではすっかり街は白く染まっていた。
そんな積もっていた雪がこの天気で解けだし、また寒波で凍て付く。
路面は石畳で、氷が張ると滑って危険だ。
おまけに地面に雪が積もっているということは、頭上、要するに屋根の上だって積もっているだろう。
天気だったからしばらくは良いだろうとしていたけれど、もしもまだ積もっていたとなると少し気をつけなければいけないな。
明日から降る、というレイの言葉を受けて今日の作業に雪落とし、という項目が加わった。
帰宅して、さっそく取り掛かった屋根の除雪も一段落した、少しの空き時間。
今はジェイムズとマリィもやってきて調理の下ごしらえや店内の掃除をしている。
「今日は温かいね」
熱いコーヒーを飲みながらタキがつぶやいた。
「あぁ、最近は雪が降らないおかげでお天道さんが随分と頑張っているようだ。日差しが温かいね。けれど、そうやすやすと春はやって来ないよ」
「もうしばらくは、真っ白い雪と付き合わなきゃいけないか」
「ははっ、そうだね。レイが言っていたけれど明日からまた降るだろうね。あと1カ月は付き合ってもらわなきゃいけないだろうね」
「そうか。こればっかりは人の手には負えないね。……さぁ、練習しようか」
タキは立ち上がり、ぐん、と背伸びをすると、ステージ脇に置いてあったギターをとった。