舞姫-遠い記憶が踊る影-

ハンナとマリィは連携良くドリンクを配っている。
ちょうど演奏が終わったところで拍手と歓声が上がった。
ステージに目をやると、こういう反応にはいまいちまだ慣れ切っていないのか、少したじたじとしている。
普段はアタシにも向けられている称賛が自分一人に向けられているので余計だろう。
その様子がおかしくて、くすくすと笑った。
もともと人前に出る質ではないのだろうに、よくもまあ突拍子もなくお願いした“白薔薇での演奏家”という立場を受け入れてくれたものだ。
そろそろ助け舟を出してやらないとと思い、パンパン!と大きな音を立ててアタシが手を叩くと、皆が一斉にこちらを向く。

「さぁさぁ、みんな時間をよぅく見るんだよ!もう結構な時間じゃないか。その一杯はアタシからのプレゼントだ。飲んでいっておくれ」

ドリンクはみんなに行き渡ったようで、ありがとう!と、グラスを掲げてくれる。
アタシはその光景に満足して、もう一度声を張り上げた。

「とはいえ本当にもういい時間になるからね。“晩の狼”が来る前には家に帰らないといけないよ。ウチは宿屋じゃないからね、部屋の用意はしてやれない」

深夜を回る頃、“晩の狼”と呼ばれる獣が幻術を使い、街から人を攫っていく。
だから決して深い夜、港に陽が見えるまでは家から出てはいけない。

という、迷信にも近いものを信心深いこの街の人々は大切にしている。

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