舞姫-遠い記憶が踊る影-

漆黒の闇が広がる夜。
時刻としてはまだ6時を回ったところだが、この季節の日の入りは早く、すでにあたりは暗闇にに満ちている。
頭上の月はその存在を闇に紛らわすようにほっそりとしていて、薄く地上をみつめている。
街灯には火が灯り、暗い夜を照らす道標となる。

街の路地には、たった一日、この日だけ長く長くたくさんの机が並べられる。
市場のように幌は無いけれど、今日この日の為だけの準備だ。
まだ陽の暮れる前、夕暮れ時に準備に追われている様子を見た。
それぞれの家庭の机を持ち寄り、綺麗にテーブルセッティングをしてと忙しなく男も女も、大人も子供も関係なく働いていた。
アタシは生憎、料理を出す側ではなく舞手としての役割があるから整えるのはテーブルではなく舞台だ。
タキが腕を振るおうとしていたけれど、急遽お願いしたギター演奏の練習に追われた為、毎年の如く“白薔薇”からは机は出ていない。
例年のように、みんなのご相伴に預かるとしよう。

店の窓から覗けば、先刻までは途中だった準備はすでに整っており、いくつかのランプが机に並べられたお供物、そして料理たちを照らしている。
今か今かと待ちわびて、そわそわとしている子供たち。
ご近所同士で和やかに過ごす大人たち。
わいわいと賑わう夜は、嬉しいものだ。

「もうすぐ7時になるよ!」

どこからか声が聞こえて、皆がその時を待つ。
やがてポーンと鐘が鳴り響き、それを合図に皆一様に祈りを捧げた。
アタシも例外なく、静かに両手を組み祈りを捧げる。

“天と地と海のご加護のあらんことを”

祈りの言葉を締めくくると、アタシは外に出た。

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