舞姫-遠い記憶が踊る影-

手にした薔薇に、ふぅっと息を吹きかけ“命の喜び”を表す薔薇を天に捧げる。
そして体をぐんと沈ませ、大地に“感謝”のキス。
そうして、海に向かって差し出す重なった両手は“希望”。
アタシの足が止まり、シャン、と鈴の音が鳴りやむ。
静かに、鈴の音を鳴らさないようにそっと机に近づき、手にしていた薔薇を活けて両手を組んで膝をつく。
同時に皆も膝をつき両手を組み、共に祈りを捧げる。

“天と地と海のご加護のあらんことを”


静寂の後、アタシが立ち上がると、皆が、わぁ!と声をあげ拍手をくれた。
にこやかに笑い、それに応えてお辞儀をして、アタシは一度店まで戻った。

「カレンさん、綺麗だったよ」

店に戻ると、後ろにいたタキが口を開く。
どうやらそれは心からの言葉らしく、いつもよりも少しだけ緊張感のある声だった。
それが何だかくすぐったくて、ごまかすようにそのまま前を向いて「ありがとう」と、笑った。
ふ、と一息ついてタキと向き合う。

「タキの演奏も。素晴らしかったよ、ありがとう」

アタシの言葉にタキは、首を振る。
その瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
先程の言葉の緊張は、この涙を堪えるためのものだったのだと悟る。

「……タキ?どうしたんだい?」

驚いて、慌てて掴んだタキの手は、こちらもまた微かに震えているようだった。
それを鎮めるように、両手で包み込むとタキがギュッと手を握り返した。

「カレンさんがあまりにも……綺麗で。俺の罪を赦してくれる、女神のようで……」

タキの言葉に、アタシはつかんでいた手をぎゅっと強く握り直した。
それ以降の言葉はなく、静かに涙を流すタキは、なんだか子供のように見えた。

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