舞姫-遠い記憶が踊る影-

日常


この地域では年が明けて間もなく、閉ざされた冬が終わりを告げる。
それは即ち、やがて来る次の季節――春の訪れを報せるもの。
冬を耐え忍んだ街の皆が待ち望んでいたことでもあった。

冬には冬の良さが勿論ある。
雪だって嫌いじゃないが、夜が早く作物が育ちにくい雪の季節は、足場も悪いことも手伝って食料の確保だけでも重労働だ。
しかしながら、近頃では歩道の雪も少なくなってきたのを肌で感じている。
今年も例外なく、雪の季節がもうすぐ終わろうとしているのだ。
やがて来る春を前に、木々草花は雪の下で新芽が顔を出し、静かに解けていく雪をじっと待っている。
暖かな日差しが雪を溶かし、雪が解けていくにしたがい、人々の動きは活発になって行く。

この街に土の季節がやってきた。


街の人の笑顔が、明るい陽の中で良く映える。
その笑顔を見れば、アタシも嬉しくなるというものだ。

「おはよう、カレン!タキ!」
「サガイおじさん、マリエおばさん!畑帰りかい?ご苦労さま」
「あぁ、ようやく動きやすい季節になったよ」

農具を持った夫婦が声を掛けてきた。
彼らは仲の良い夫婦で、喧嘩をしただとかの話を聞いたことがない。
のんびりとした性格のサガイおじさんに、朗らかで人を尊重するマリエおばさん。
にこにこと笑う顔は、どことなく夫婦で似ている。長く一緒にいるとそういうものなのだろうか。
にこにこ顔を崩さず、マリエおばさんが声を続ける。

「今日は私たち二人でお店に寄らせてもらうわね」
「ありがとう」

普段はサガイおじさん一人で来ることが多いけれど、ごくたまに二人一緒に飲みに来る。
二人に子供がいない、ということもあるが、この二人は本当に仲のいい夫婦だ。

< 32 / 74 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop