舞姫-遠い記憶が踊る影-
ため息とともに瞳が暗く沈んだ気がした。
「男たちが舌打ちしたのを、なんだか妙に覚えているよ。眼鏡は俺を捉えたまま飛び道具で両親と兄さんを狙っていたし、髭は刀で襲いかかっていた。俺はそれを見るしかできなくて、逃げようともがいても逆に顔を殴られた。霞んできた視界で、父さんが薪割用の斧を手に取って応戦しているのと、兄さんが母さんを守る盾になっているのが見えたよ。人数では勝っていても、戦いに慣れていない者と、戦いに慣れている者。そして人を切ることに躊躇いのある者と、躊躇いのない者の違い。決着がつくのに時間は大してかからなかった」
話を聞いているアタシでさえ目を逸らしたくなる。
それをまだまだ少年だったその身に体験したタキ。
ツンと、血の匂いがアタシの鼻の奥にも漂ってくるようだ。
「父さんの、母さんの、兄さんの。鮮血が飛び散って、家を染めていくんだ。血の匂いが、鼻にも記憶にさえもこびりついて。忘れたいのに、忘れられない……。俺と父さんにつけられた浅くはないだろう傷を纏いながら、髭が満足げに笑って剣を降り下ろそうとしていた。俺はそれを絶望的に見ていた」
並んだカップはすでに温度を失っているのだろう。
話し始めた頃には香り立つ湯気が揺らめいていたが、とうに消えていた。
「急に俺を押さえつけていた圧迫が無くなって、体が軽くなった。驚いて一拍置いたあとに開けた視界に映ったのは、おそらく兄さんに体当たりで飛ばされたんだろう眼鏡の姿と、その勢いのまま髭に覆いかぶさって抑え込んでいる兄さん。そして、最後の力で斧を振りおろした父さんの姿だ。斧を振り下ろすと同時に、父さんが叫んだ。『行け、生きるんだ!お前は何も悪くない』ってね」
体が震える。
暖炉に火を焚べておけば良かったと今更思ったところで仕方がないことだけれど、寒さだけではない腹のそこからの震えを抑えることに必死だった。
タキも震えているようだけど、もしかしたらアタシの視界がただ歪んでいただけなのかもしれない。