舞姫-遠い記憶が踊る影-

『ある時にそのうちの誰かが言い始めた。あれは神の気ではなく、赤い魔女の呪いだ、と。その噂はたちまち市井に広がることとなる。その目で赤く染まった瞳と衣を目視していた民衆達が信じるのはそりゃあもう早かった。そんな折だ、姉と金の瞳の狼とが出逢ったのは。まことしやかに囁かれたその噂に真っ向から立ち向かう事をせずに逃げることを選んだ姉はそっと、街を出ていった』

誰にも、告げずに。

『誰にも告げずに、この街を出たのには理由がある。金の瞳の狼と、月夜の晩に出会って恋をした
。歌のとおりにね。神に仕える巫女がそうであっていいはずが無いと厳格な姉は自分を律した。このまま神に仕えていていいはずが無い、と。妹はそれに気付いていて、素知らぬふりをした。妹が知らぬふりをしていることを知っていながら、姉はそれに甘えてこの街を出た。情熱の末の駆け落ちと言ってもいいが、言い換えれば、噂から逃げたんだとも言えるかもしれない』

歌のとおり、情熱的な恋だったことに違いはないだろう。
残される妹のことを心配もしただろう。
けれどそれでも彼女は、赤魔女は、その身にほとばしる熱をとった。

『ひとつ、歌と違うことといえば、妹は姉を探し出そうとはしなかった、と言うことだ。妹は姉がこの街から去るだろうと予期していた。だからただひたすらに自分を研鑽し、最上位の巫女となり他の誰にも文句を言わせず、そして、継ぐ巫女を取ることを辞めた。自らの代でこの街の巫女を無くし、元巫女だろうと、誰もが隔たりなく暮らせるように。他の巫女がいなくなった頃、妹も旦那を貰い、1つの店を開けた。それがこの、白薔薇だ』

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