舞姫-遠い記憶が踊る影-

「赤い目の殺人鬼って話だよ。家は床中血だらけで、警察官一人と家族三人を殺したってよ」
「助けに入ろうとした警察官がその姿を見たんだろう?ナイフをもって襲ってきたとか」
「当時まだ15そこいらの子供だったって話じゃないか。それから15年というが……今は30そこそこってところか」

平和なこの街ではスキャンダルが珍しく夜の店でも3分の1はこの話題だった。
おかげで今の情報がよく分かる。
追われているのは、間違いなくタキであるという事が。

「でもなんだって、そんなに長い間小さな村で起きた事件なんて追ってるんだ?」
「なんでもその村のお偉いさんが国に泣きついたって話だ」
「殺された方の警察官がどうやらお偉いさんの息子だったと聞いた」
「その村は昔から国の方へ色々と貢いでたらしいじゃないか」
「あぁ、そういう悪知恵の働く奴だったのか」
「その例の殺人鬼は未だ捕まらずに方々を転々としてるらしくて、それがどうやら気に食わないと言っていたが……」
「まぁなんにせよ、物騒な話だなぁ」

客達の話はアタシ達をいやに冷静にさせた。
そのうちに、この街にも追ってくるだろう。
それは一週間後かもしれないし、はたまた数ヶ月後かもしれない。
けれど、やがてこの街にもやってくるのは間違いないだろう。

アタシはいつも通りに踊りを舞い、タキはいつも通りに演奏をする。
澄んだ歌声と、ギターの音色。
アタシの踊りに、より華を持たせてくれる。
アタシの踊りも、タキの演奏に華を持たせていられたらいい。
混ざり合い、調和しあい、共にあれたらいいと願い、踊る。
今日はその想いが、一層際立つ。

何があったって、ここにいる。
アタシは、ここにいる。
目の前の客たちに向けての踊りというより、タキに捧げるような、そんな踊りだった。


タキが来てから初めてこの店に来た船乗りたちも、そのステージに充分酔いしれたようで、いつもよりも多くの拍手と歓声が店を包んだ。
いつも通り……そう、表面上は努めていつも通りの、夜。
夜の街を、月が見守っていた。


大丈夫、この街は貿易も盛んな港町。
追手が来たとしてもその噂は街を駆け抜けるだろう。
だかまだ、大丈夫だよ。



< 64 / 74 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop