舞姫-遠い記憶が踊る影-
その言葉を聴いた時“もう、ダメかもしれない”と、アタシはぐっと唇をかみしめた。
タキも同じことを思ったのだろう。
黒髪は珍しいが居ないわけではない。
黒目も同様だ。
だが、黒髪で、かつ黒目となるとそれは飛躍的に絞られる。
みんなの脳裏にはタキが思い浮かぶことだろう。
タキはうつむいて、肩を震わせている。
けれど、アタシ達の耳に届いたのは、意外な言葉だった。
「そんな輩は知らないわね。この街には流れ者なんてたくさん居る。黒髪黒目の者もそりゃあ居るさ。それについては否定しないよ。けどね、その黒髪黒目は殺人鬼なんかじゃない。むしろ心を洗うような音を奏でる音楽家、ギター弾きさ」
この声はマリエおばさんだろうか。
周囲からもそれを肯定する様子が伺えた。
今、この街には特徴が当てはまるのはタキしかおらず、そうでなかったとしても疑ってしまうのが人というものだろう。
まして殺人鬼などと、恐ろしい者が近くにいるとなれば、怪しい人物が居るとしたなら。
アタシは事情を聞いたけれども、街のみんなはタキの事情など聞いていない。
それにも関わらず、タキを信じてくれている。
ともすればそれはある意味でとても危険なことなのかもしれない。
けれど、仮に、タキが本当に犯罪を犯してしまったとしたならば、人の道を正しく諭し、叱ることができる人たちだ。
そんな人たちからの信頼を確かにタキは得ていたのだ。
家の中からやり取りを聞いていたタキは、静かに涙を流した。
アタシは、ぎゅっと、そんなタキを抱きしめた。
「タキ、聞こえているかい?これが今までアンタがしてきたことの結果だよ」
泣きながらアタシの腕にしがみつくタキは小さな子どものようで、いつの間にかアタシの頬も濡れていた。