君のキスが狂わせるから
「え?」

 あまりに思いがけない誘いに、目が点になる。 

「ここからなら1時間くらいで江ノ島に行けますし」

 確かに小田急線を使えば、新宿から江ノ島へは案外簡単に行くことができる。
 とはいえ、会社帰りに江の島へ行くなんて考えたこともないことだった。

「帰れなくなったらどうするの」
「大丈夫ですよ。俺の部屋、藤沢ですし」
「ちょ…っと、冗談が過ぎるでしょう」

(まさか私を自分の部屋に泊めようっていうの?)

 あり得なさすぎる提案に思わず笑いそうになる。
 でも深瀬くんの目は笑ってなくて、かなり真剣な表情だ。

(朝のこともあるし……何か悩みでもあるのかな)

「私が行かないって言ったら?」
「別に……一人で行くだけですけど」
「……」

(どっちにしろ行くつもりなんだ)

 どことなく危なっかしいというか、一人で海に行かせるのがなんとなく心配になった。
 いつもの彼なら堂々としていて何も怖いものなんかないというオーラを出しているのに、今日はやけにそのオーラが薄くなっている。

 彼に「いい先輩を演出している」と指摘されてしまったけれど、やはり心配な後輩を放っておくことはできない。

(まあ、帰れなかったら途中からタクシーで帰ればいいか)
 
 私は特に下心なく、深瀬くんの突飛な提案に乗ることにした。

「わかった。海を見るだけでいいなら付き合うよ」

 私がそう答えると、深瀬くんは今まで見せたことのない安心したような笑みを見せた。

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