君のキスが狂わせるから
 帰宅ラッシュの始まった電車の中は、当然のように隙間もないほどに人が密集していた。
 乗り込んだ途端、私は誰かのバッグに押されて体が傾く。

「わ…っ」
「愛原さん、こっち」

 私の腕を咄嗟に掴むと、深瀬くんは車両の奥にあった空間に私を入れる。

「あ、ありがとう」

 彼が人を堰き止めてくれているおかげで、まるで結界でもできているかのように私の体には負担がかからない。
 電車が揺れる度に、深瀬くんが後ろの人に押されているのが分かる。

(なんか申し訳ないな)

「深瀬くん、もう少しこっちきて大丈夫だよ」
「毎日のことですから、平気です」

 短くそう言うと、彼は私と視線が合うのを避けるように窓の外へ目を向けた。
 こんなシチュエーションになるとは想像もしていなかったから、私の心臓は高校時代にでも戻ったようにドキドキしている。

(自分でも恥ずかしい。深瀬くんは私のことなんてどうとも思ってないのに)

 動揺しているのがバレたらそれこそ恥ずかしいと思い、私も混雑が解消されるまでずっと俯いたままだった。
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