君のキスが狂わせるから
 夜の海は空の色を映さないから、当然のように闇のようだ。
 それでも街明かりも手伝って、打ち寄せる白く泡立った波はうっすら見える。

 深瀬くんは私の手を離すと、足元のコンクリートに腰を下ろした。
 何も言わずにじっと海を見つめる彼が何を考えているのか、全くわからない。

「ねえ、深瀬くん」
「はい」
「こうして一人で海、よく来るの?」
「そうですね……海、好きなので」
「そっか」

 自分をここへ連れてきた理由も聞きたかったけれど、今は何も言わない方がいい気がして黙っていた。

 すると、少しして深瀬くんの方から口を開いた。

「さっきも言いましたけど、俺って子どもっぽいですか?」
「え……」

 唐突な質問に、どう答えていいかと考える。
 こんなことを聞いてくると言うことは、彼が今悩んでいる事はまさにそこなのだろう。

「うーん、年齢の割には大人っぽいと思うよ」
「愛原さんから見たら子ども?」
「ううん……私だって子どもっぽいところあるし。年齢に比例して誰しもが大人になるわけじゃないよ」

 自分で言っておいて痛いなあと思うが、事実だ。
 深瀬くんは私の答えに一応は納得したのか、ふうとため息をついて髪をくしゃくしゃっとかき乱した。

「俺……昨日、振られたんです」
「えっ」

 驚きは二つだった。
 深瀬くんを振る人がいるという驚き。
 それと、そんな個人的な事情を彼が私に話してくれたことへの驚き。

(なんで私に話そうと思ったんだろう)

「半年くらいちゃんと会ってなかったし、仕方ないんですけど。なんかもう、今朝は全部どうでもいい感じになってて」
「うん」
「でも、廊下で会った時、愛原さん心配してくれたじゃないですか。そしたらちょっと救われたっていうか……」
「普通に声かけただけだよ?」
「それでも……素直に嬉しかったんです」

 振られた直後の優しさというのは染みるものだし、きっとそのせいだろう。
 でも私は意図せず、深瀬くんの心に変な近寄りをしてしまったようだ。
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