君のキスが狂わせるから
「あは、私、そんなに心配されちゃってるのかあ」

 この道化た笑いも、彼には見抜かれているようで心臓がバクバクする。

「心配ですよ。だから、愛原さんのことをプライベートでも見守っていたいなと思って」

「え……」

(見守る……って、どういう意味?)

 素直にありがとうと言って、気楽に流せる性格ならよかった。
 一つ一つの言動を、恋愛と結びつけてしまいそうになる自分の思考が煩わしい。

「……」

 真剣に名刺を見下ろす私を見て、深瀬くんが空気を和らげようと軽い言葉をかける。

「あまり重く考えないでください。会社以外の場所でも、もう少し話せたらいいな……ってくらいの気持ちなんですから」

(重く考えちゃうよ。私も若いわけじゃないんだし……でも、深瀬くんにとっては”話のできる友達が増える”程度のことなんだろうな)

「メッセージ、くれますか?」
「ん……迷惑じゃないなら、メッセージくらいならするけど」

(あまり深く関わると、傷つきそうで怖い)

 戸惑いっぱなしの私を見て、深瀬くんはくすりと笑った。

「答えが顔に全部書いてあるとか……ホント、分かりやすい」
 
 そう言われても、自覚がないからどうにもならない。

「私の顔にどんな感情が出てる?」
「俺と深い関係になる事を恐れてるっていうか……警戒してますよね」
「……っ」

(本音が表情で全部バレるとか……もう、恥ずかしすぎる)

 深瀬くんの前では、常に顔を隠していたいと思ってしまう。

「警戒は悪い事じゃないです。じゃ、連絡待ってますね」
「あ……」

 淡い笑みを残し、深瀬くんはカバンを持ち直して駅の方へ歩いて行ってしまった。

「……」

(あの態度とセリフ……本当に10歳も年下の子のものなの??)

 深瀬くんはやはり百戦錬磨のキラーであると確信した瞬間であった。

 そんな私の頭の中では、二つの悩みが渦巻き始める。

“これから美桜先輩にどういう態度で接すればいいのか”ということと“深瀬くんとどう距離を保っていけばいいのか”……ということだ。

 混乱は簡単に鎮まりそうにはなかったけれど、手の中にある名刺は、私の胸を熱くさせるのに十分だった。
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