君のキスが狂わせるから
 一つ呼吸を置いて、名刺を大事にケースへ入れると、私は3人で話す予定だった喫茶店へと向かった。

(もし先輩がいたら、なんて話を切り出そう)

 そんなことを考えながら店内に入ると、中には見知らぬ客が数名座っているだけだった。
 手前のボックス席にコーヒーが2つ置いてあるのを見て、ここに二人がいたんじゃないかと悟る。

(ってことは、美桜先輩は帰っちゃった…ってことかな)

 少しほっとして、私は席を案内しようと近づいてきた店員に頭を下げてお店を出た。

***

 アパートに戻ってまず冷静になるために熱いコーヒーを淹れた。
 空腹にコーヒーは気分が悪くなりそうだけれど、今は何か食べたいという気持ちになれない。

(どうしようかな。先輩にはラインでそれとなくすれ違ったってことにした方がいいのかな)

 スマホを眺めながらため息をつく。
 それと同時に、ケースに入れてあった深瀬くんの名刺も出してさらに深いため息をついた。

『連絡待ってますね』

 あれは多分社交辞令ではない。
 電話番号から何から、こんな一度に個人情報をくれるってことは、本当に連絡が欲しいということなんだろう。

(私が距離を縮めるのを怖がってるのも見抜かれてたし、あの子には嘘は通用しない感じがする)

 端正な顔をしつつ、時々その切れ長の目が鋭く私を見入ってくる瞬間がある。
 その度に、心の奥底を全て暴かれてしまうような、ぞくりとした感覚が湧く。

 獲物を捉える動物のような視線。
 普段の冷静な彼からは想像のつかない視線だ。

(手を一度繋いだだけだよ。それ以上どうこうなろうなんて……欲張るつもりないのに)

 そう思う一方で、『またそうやって本心誤魔化すの?』という声もどこからか聞こえる。
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