君のキスが狂わせるから
「仕事上で取引している相手にプライベートなことを話さないのは普通だと思いますよ」

 無難な理由だったけれど、先輩もそこには納得したようだった。

『まあ、そうかもしれないね。でも、冗談で恋人募集中とか口にしたのは後悔してる』

(そんな、ストレートに言ったんだ)
「深瀬くん、なんて返したんですか」

 自分は募集していない…とか、そんな感じのことを言ったのではと予想したのだけれど、ちょっと違った。

『あれだけのイケメンだし、言い寄られるのに慣れてるんだろうけどさ』

“僕、恋愛対象は20代の方までなので、期待に添えそうにないです”

『だって。年齢で線引きされたらお手上げだよね。だいたい、表情も崩さないあの態度……失礼だと思わない?』
「対象外……」

 断るために口にした言葉なのだろうけれど、その条件に私も入るのだと思ったら胸がズキッと痛んだ。

(そうか。そうだよね……彼、26歳だもんね)

 改めて年齢の壁を感じ、さっきまで少し前向きになっていた気持ちが沈んだ。
 そんな私の様子には気づかず、先輩はやけ気味に私に誘いをかけた。

『もうさ、30代向けの街コン出ようよ』
「街コン……ですか?」
『瑠璃ちゃんなんかメイクしたら結構若く見られるでしょ。絶対声かけられるよ。ね、今度一緒に行こう?』
「ええと、あの。私、そういうの苦手で……」

(街コンに出られる勇気があったら、結婚相談所にだって登録しているよ)

 知らない人と唐突に会うというのがどうしてもできず、いまだに私は自然に出会えた末の恋愛に望みをかけている。
 こんな考えだからあっという間に35歳になってしまったわけだけれど……

『私がいるから、フォローはするよ。大丈夫。苦手だと思ったら抜けるのもアリなんだから』
「でも……」
『あ、ごめん。宅急便がきたみたいだから、また連絡するね!』

 一方的に切れた通話に呆然とし、私はヨガで身に付けた呼吸法で心を落ち着けようとした。

(レッスンの時はこれで落ち着くのに。全然効果が感じられない)

『僕、恋愛対象は20代の方までなので』

 先輩の強引な街コンへの誘いより、深瀬くんが言ったというこの言葉の方が私を打ちのめしている。

『愛原さんのことをプライベートでも見守っていたいなと思って』

 あんな意味深な雰囲気で私を誘惑しておいて、対象外だなんてあんまりだ。
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