君のキスが狂わせるから
 深瀬くんと二人きりで飲むなんて初めてだから、お酒が入る前から少し鼓動が早い。

 会社で開かれるたまの飲み会でも、常に誰かしらが彼の両隣を陣取っているので話しかけることすらできないのだ。

(私ってば、彼にとって恋愛対象外なのに、まだ何か期待してるのかな)

 ふっとため息をつきつつ、この胸の痛みも生きてる証だよね…なんて考えた。


 お酒と料理が運ばれてきたので、軽く乾杯をした。喉が乾いていた私は、カクテルを一気に半分飲んでしまった。

(汗をかいた後だから、染みるなあ)
 
 私が美味しいと呟くのを見て、深瀬くんは口元を緩めた。

「飲むの、好きですか」
「うん。実はお酒は結構好きだよ」
「へえ、じゃあ誘ってよかった」

 軽く緩んだ口元に一瞬どきりとなる。

 低いけれど若干甘い声のトーン、あどけなさを感じる笑顔。

 それらには特別な意味がないと言い聞かせてみるけれど、条件反射のように早くなる心音だけは落ち着かせることができなかった。

「深瀬くんて、こうして誰かを誘うことってよくあるの?」
「いえ、会社の女性を誘ったのは初めてですよ」
「そうなんだ」

(意外。もっと気軽に飲んだりしてるのかと思ってた)

「前も言いましたけど、愛原さんは何か……話しやすいんですよ」
「それは、お姉さん的な?」
「いえ。一人の女性として」

(…っ)

 真っ直ぐに私を見る彼の瞳は少し色素が薄くて、日本人離れしたその整った顔立ちに改めてどぎまぎさせられる。

(勘違いするから、そんな風に見つめるの…やめてほしい)

「ええと…」

(それで、何を話すんだっけ)

 パスタをいただいている間にカクテルが空になってしまった。
 同じものをおかわりをしてから、深瀬くんを見る。

「そう…いえば。電話じゃ説明しづらいことって、何?」

 私に何を求めているのか分からないと言った後の言葉だ。
 深瀬くんはグラスを軽く傾けた後、視線を伏せた。

「それなんですけど。自分の気持ち……伝えるべきか悩んでしまって」
「誰に?」

 彼は顔を上げ、私を見て迷いのない視線を向けた。

「愛原さんに、俺の気持ちを……です。もしかしたら俺…あなたのこと、好きになってしまったかもしれません」

「…………え?」

 あまりにも驚きすぎて、私はその後しばらく言葉を失っていた。
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