君のキスが狂わせるから
 次の日は会社で過ごしながら、深瀬くんの姿が見えないか探している私がいた。
 休んでいたらお見舞いも考えようかと思っていると、昼休憩にマスクをかけた彼がコンビニの袋を片手に外へ出ていくのが見えた。

「深瀬くん!」

 追うように駆け出し声をかけると、彼はふと足を止めて振り返る。

「どうも。お疲れ様です」

(あれ、なんか冷たい?)

 そっけない調子にやや意表を突かれるが、尋ねておかなくてはと勇気を振り絞る。

「体調、大丈夫なの?」
「はい。一応病院は行きましたけど、薬を飲めば3日くらいで治るそうです」
「そっか……よかった」

 ほっとしつつ、看病に行く用事がなくなったことが少し寂しい。

(でもそれほど悪くならなくてよかった)

「心配してくれたんですか」
「そう…だね。昨日の電話での声がすごく弱々しかったから」
「少し大げさにしてみただけです」

(どうかな。でも、これ以上探るのも悪いよね)

 私は一つ頷いて、その場を立ち去ろうとした。
 すると、深瀬くんは持っていた袋を持ち上げ、困ったような顔をした。

「昼に食べようと思って買ってきたんですけど、まだ食欲があまりなくて……よければ、一緒に食べてくれませんか」
「え……」

 最初は冗談かと思ったけれど、どうやら彼は本気のようだ。
 私の答えをじっと待っている。

(行きたいけど……)

「誰かに見られたら、お互い困るんじゃない?」
「公園まで行けば、会社の人も通らないと思いますよ。それに俺は別に誰かに見られても構わないですけど」
「……っ」

 またもや、さりげなさを装った押しの強いところに、やっぱり私は負けてしまう。

(まあ……今日はちょうどお弁当も持ってきてないし……いいかな)

「うん、いいよ」



 たどり着いた公園はそれほど大きくなく、ベビーカーを押す若い女性が一人いるくらいだった。
 オフィス街から少し離れただけで、こういう風景が見られる。
 春が近いのを感じられる暖かな日で、心地よい解放感に思い切り深呼吸したくなった。

(この空気……落ち着くな)

 木陰に設置されたベンチに座り、ほっと息をつく。
 まだ仕事が終わったわけじゃないけど、こうして外に出るのはいい気分転換かもしれない。
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