君のキスが狂わせるから
「はい、これが愛原さんのぶんです」

 深瀬くんは自分はおかかのおにぎりだけ取って、残りのサンドイッチ、ヨーグルト、野菜ジュースが入った袋を私に預けた。

「こんなに? 私、何もお返しするもの持ってないよ」
「じゃあ、一つ俺からのお願いがあります」
「何?」
「その……一度俺とデートしてもらいたいです」

 笑顔はないものの、多少は照れているのか視線を伏せている。
 深瀬くんは自分でも言っていたように、甘えたがりな人なのかもしれない。
 普段そういう部分は全く見えないから、なんとも……ギャップは拭えない。

「会社だと、どうしても話しづらいじゃないですか」
「うん……そうだね」

(でも、このデートを受けてしまったら、その後の自分がどうなってしまうのか……想像つかない)

 どうしようかと考えていると、深瀬くんはふっと私の顔を覗き込んでくる。

「デートっていうのがまずいなら、俺の趣味に付き合ってください」

(っ、近……近いよっ)

 ふわっと流れてくる淡い香りにどきりとなり、急に顔が熱くなってきた。
 無自覚な行動なのかもしれないけれど、すごく心臓に悪い。

「しゅ、趣味って?」
「映画です。今週末までに風邪ちゃんと治しておきますから」
「何言ってるの。風邪は普通に週末までに治した方がいいでしょ」
「あは、そうですね。じゃあオッケーならまた夜にでも連絡ください」

 マスクを外すと、深瀬くんは手早くおにぎりを食べてすぐにまたマスクをかけ直した。

(私に風邪を移すのを心配してくれてるのかな)

 改めて彼の横顔を見る。
 凛としていて背筋も伸びていて、どこか高貴というか……育ちの良さのようなものを感じる。

(精神的にも成熟してる感じだし。どういう家庭で育ったのかなあ)

 会社での噂話が私の耳に入ることは少ないから、彼の生まれがどういったものなのかなんて知る由もないのだけど。

 その時、ポケットに入っていたスマホにメッセージが入った。
 そっと画面を見ると、美緒先輩だった。

『この前誘った街コン、応募してみたから日程空けておいてね』

「ええっ」

 私が大きな声を出したから、深瀬くんが驚いてこちらを見る。

「何かありました?」
「あ、ううん。ごめん、なんでもない」

 慌ててスマホをポケットに押し込むと、はあと心でため息をついた。

(断りたいけど、深瀬くんを理由にしたら大変なことになりそうだし。顔だけ出した方が無難かな)

「…ごちそうさま」

 サンドイッチと野菜ジュースを飲むと、残りは後でいただこうと思ってベンチに手を置いて空を見上げた。
 頭上を優雅に飛び回る鳥に目を奪われていると、ふっと片手に温もりを感じる。

(え…)

 深瀬くんは自分の手を私のに重ねていて、彼は何くわぬ顔で同じように空を見上げていた。
 矢継ぎ早なアプローチに、流石に慌ててしまう。

「深瀬くん…」
「はい」
「好意を持ってもらうのは嬉しいんだけど。どうして私なのか、やっぱり分からないよ」

(顔は地味だし、正直男受けするとは思えないのに……一体何がいいの?)

 自己評価は厳しめにつける癖があるけれど、今言ったことは昔から父親や出会った男性から言われてきたことなので間違っていないと思う。
 すると深瀬くんは、少し考えてから私を見た。
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