君のキスが狂わせるから
6.本能の疼き
 次の日、私はやや気持ちが上がっていて、柄にもなく少し春めいた服装をしていた。
 昨夜の深瀬くんとの電話で、映画を見るだけならという約束したせいだ。

(パステルカラーのスカートなんていつぶりだろう)

 デザインはもちろん大人の女性が着ていて不自然のないものだけれど、今までの私なら会社へ行く際には決して選ばないものだった。
 するとロビーで会った企画室の部長である宮城さんが私の足元を見て言った。

「今日の愛原さん、随分女らしいね」
「それって普段はそう見えないみたいですけど」
「はは、そんなことないけど。まあ、今はこういう事もセクハラとか言われちゃうんだろ?」
「そうですねえ……でも、褒め言葉だなと感じたら嬉しいですけどね」

 宮城さんには入社当時から良くしていただいていて、それほどの警戒心がないせいか、こんな談笑もできてしまう。
 するとそこにちょうど出社してきた深瀬くんが宮城さんにバカ丁寧なお辞儀をして挨拶した。

「おはようございます、宮城部長」
「ああ、おはよう」

 深瀬くんは私をチラッと見た後、外に目をやる。

「さっき社長の車が駐車場に入るのが見えましたよ」
「えっ、そうか? ずいぶん早いな……昨日の書類、朝一にチェックする気なのかな。あ、じゃあ先行くよ」

 部長は私と深瀬くんに軽く手を上げ、エレベーターに飛び乗った。
 それを見送りながら、私はやや呆気にとられていた。

(話してる途中だったのに)
「俺たちもエレベーター乗りましょう」
「あ、うん」

 他人みたいに冷たい調子の深瀬くんにびくりとしつつ、宮城さんが乗ったのとは別のエレベーターに乗った。
 オフィスがある階のボタンを押すと、私たちを乗せ、ブーンという音と共に登っていく。
 なんとなく気まずくて視線を上げて数字を見つめていると、深瀬くんが低い声で尋ねた。

「部長と親しいんですか?」
「え? あ……親しいっていうか、昔からお世話になってる人なの」
「へえ。でもあの人、女癖悪いですよ」

(っ、急に何言うの)

 明らかに何か誤解している。
 でも、深瀬くんは表情を変えず、冷たい声で続ける。

「ああいうタイプが好みですか?」
「変なこと言わないで。宮城さんは社交辞令でああいう会話を…」

 その時、深瀬くんはバンっとエレベーターの壁に手をついて私を睨み据えた。

「無防備すぎでしょ」

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