君のキスが狂わせるから
 明らかに怒っている視線に、動けなくなる。

「どうとも思わない女性の服装、褒めたりしないです」
「何……言ってるの」

(怖い……)

「俺は警告してるんです。あの人の裏の顔を知ったら、笑って話せなくなりますよ」
「……宮城さんの悪口なんて、聞きたくない」

 逃れたくなって体を横にずらそうとした途端、もう片方の壁にも手を突かれる。
 壁ドンを憧れていたこともあったけれど、実際されると逃げ道のない行為なんだとわかった。

「自分でもわかってますよ。これは嫉妬なんだって」
「嫉妬……って。まだ付き合ってもないんだよ、私たち」
「だからなんですか? 俺は好きだって言ってるじゃないですか」
「でも私は……」

 言葉の途中で、唐突に唇をキスで封じられた。

(……っ!)

 あまりの突然のキスに、目の前に星がチカつく。

 呼吸もできないようなキスに苦しくなってとっさに彼の胸を押すけれど、深瀬くんの胸は想像以上にかっちりしていてビクともしない。

「…や…っ」

 小さな悲鳴に近い声が漏れると同時に、エレベーターが止まるのがわかった。
 すると深瀬くんはすかさず片手で“閉”ボタンを押し、キスを続けてくる。

「っ、ちょ……っと」
「俺、好きな人の前では悪くなるって言ったでしょう」
「ん…や…」

 角度を変え、さらに深いキスが重ねられる。
 会社のエレベータの中だというのに、もう私の頭の中はそんなことも忘れるくらい真っ白になってしまっていた。

 心音が耳にまでドクドクと聞こえ、深瀬くんの熱い息が私の体温を否応なく上げていく。

(こんなキス初めてで、どうしたらいいか分からない)

「…っ、本当に……やめてっ」

 全力で胸を押してやると、彼はやっとキスから開放してくれた。
 深瀬くんは特に顔色も変えず、息も乱さないまま私を見つめている。
 私が少し怯えているのを見て、うっすら笑っているようにも見えた。

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