君のキスが狂わせるから
***

 いつものように、仕事帰りに立ち寄るヨガスタジオ。
 街の喧騒も、スマホに入り続ける情報の波からの逃れ、私はここで深呼吸する。

(ああ、私、呼吸が止まってる時があるんだなあ)

 深く息を吸うようになってから、そんなことに気がつくようになった。
 背を丸め、数字を間違えないようにタイピングしている時は間違いなく呼吸は浅いか止まっているかだ。

 こんな生活していたら、実年齢よりも先に老けてしまう。
 そんな焦りもあって、今日はヨガのクラスをランクアップした。きついけれど、汗をかいてしなやかに体を曲げている自分が少しだけ若返るような気持ち良さがある。

 それでも目の前で三日月のようにしなるインストラクターの美しさには敵わない。
 まさにスタジオ内で最も美しい花を咲かせている人は、この女性だ。

 私もまだ、この女性のように綺麗な花になり得ることができるだろうか。

 容姿には昔から自信がなかった。
 父親からあまり温かい眼差しで見られなかったこともあるし、性格的に奥手な部分を「愛想がない」と言われて育ったのが多少原因しているかもしれない。
 自覚はないけれど、「瑠璃は真面目すぎる」と言われることもしばしばで、謙遜とか控えめ…などとの違いが今ひとつわからない。
 結婚を考えていた彼氏に去られてからの私は、恋愛に対して今まで以上に臆病になり、今では好きな人を作ることすら躊躇う状態だ。

(このままじゃ、異性とまともに会話することだって難しくなるかもしれない。もうちょっと自分に自信をつけたいな)

 最も過酷と言われるクラスで1時間レッスンできたことが自信となり、今日の私はかなり前向きになっていた。

 勢いというのはすごい。

 「でも」「だって」の繰り返しだった私が、この日、とうとうインストラクター養成講座の申し込みをしてしまったのだった。
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