私立秀麗華美学園
「……さては腹黒ちゃんか? その子」

「いや、そういうわけじゃねーんだけど。

彼女、婚約者に対する態度が、俺から見てもなかなか酷くて。なんかわがままばっか言ってるように見えるし、まったく媚びようともしないし。

それと比べて俺に対しては優しかったから、喜んでたわけだけど、違ったんだ。


婚約者を相手にした彼女が、本物の彼女自身なんだ。
それこそ婚約者を特別に思ってる証拠なんだなって気づいてさ。


その男も相変わらず冴えないやつだったけどなあ、なんか、その子に対してだけは大真面目なんだよ。忠実っつーかなんつーか……。

でも鈍そうなやつだからたぶん、気づいてないんだろうな。俺が望んだ場所に、既に自分が立ってることには。馬鹿なやつだよ」

「俺たぶんそいつ、知ってんぞ。超奥手そうで、気弱そうで、でも善良そうなやつだろ」


かもなあ、と言って笠井は苦笑した。


「特別視されたいんだか、されたくないんだか。自分でもわかんね。

正直、外見にも自信あったし、勉強も部活も頑張ってたし、ちょっとひっかけるだけの女の子なら選び放題のはずなんだ。

なのに、彼女じゃないと、ゆうかじゃないと、だめなんだ……」


笠井が消え入りそうな声で呟いた名前に、零はやはり聞き覚えがあった。

あの夕暮れを思い出し、同時に隣の猫かぶりくんのことを思い、複雑な気持ちになる。


「里帰り中か? その子。それで恋しくなって、うろちょろしてたとか」

「……ふらふらしてたら植物園に来てて、その子は薔薇が好きだって聞いてたから。

いつもはこんなんじゃないんだ俺。今日は、なぜか覚えてしまってるんだけどな……今日は、その男の、誕生日なんだ」


はっと息を呑むような声が近くの彫刻の足元あたりから聞こえたような気がしたが、零はとりあえず、笠井進の頭をぽんぽんと撫でた。


「……何すんだよ」

「お前はな、すごいやつだよ。そんな風に思えるたった1人を、たくさんの女の子の中から、自分の力で見つけたんだからな」


笠井は初対面の金髪の男が浮かべた優しい表情を見て驚く。
まるで自分を子供のように扱い、むやみに頭を撫でてくることへの抗議の言葉も忘れた。

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