私立秀麗華美学園
咲がことあるごとに羽美に話しかけ始めてから、3日ほどが経過していた。


「なあー。雄吾ー」

「ん?」


不機嫌そうな声に、雄吾は咲の顔を覗き込む。

明日は親戚勢が一気に帰る予定の日であったため、それぞれの客室にこもって荷物を整理している者が多く、ここ数日騒がしかったリビングルームに、今は2人しかいなかった。


「やっぱりなんでもない……」

「なんだ」


軽く笑って頭を撫でる。

咲は広げた課題プリントの上に突っ伏してくぐもった声で鳴い……いや、くぐもった声を発した。


「猫みたいだな」

「誰が?」

「咲」

「にゃあー」

「似てないな」

「やってみて」

「やらん」


咲はちょっと笑って顔を上げる。


「羽美のことか」


夜にアウターリビングで喋って以来その話はしていなかったが、ずばり言い当てられ、咲はうなずいた。


「なんか、めっちゃ気になって」

「俺と話しいても、あまり笑わないんだ。避けられているような気さえする。めったに会わない親戚だらけで、人見知りをしているのかもしれないな」

「うーん。そんな年ごろかなあ……」


その時、丁度羽美がリビングへ入ってきた。

扉を開けた途端咲と目が合い、その隣に雄吾がいるのを見て口を開きかけたが、すぐにやめて目を逸らす。

飲み物を取りに来たようで、リビングに置かれたウォーターサーバーから水をグラスに注ぐと、そそくさと部屋を出て行こうとする。


ここ数日、羽美へ注意を払いに払っていた咲がそんな態度を見逃すはずもなく、跳ね上がるように椅子から立って羽美の傍に駆け寄った。


「羽美ちゃん、また勉強してんの?」


羽美は何も言わない。


「せっかく夏休みなんやからさ、遊ばへん?」

「いい」

「でもそんなに勉強ばっかりせんでも……」

「いいって言ったでしょ!」


言い放ち、勢いよく羽美が振り向くと、手に持ったグラスになみなみと注がれたミネラルウォーターがあたりに飛び散った。
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