私立秀麗華美学園
そんなことないよ、とは言えなかった。
こうやって久しぶりに両親も揃って、仲良くなった姿を見せて安心したいという思いもあって、咲と雄吾は終始一緒にいた。

……学園でだって、常に一緒にいるのだけれども。


「せっかく、久しぶりに、お兄様に会えたのに……」

「それで、あんなに勉強ばっかしてた?」

「勉強は、いっつもしてる。だって羽美は……良い子でいないと、だめだから」


三角座りをした羽美は壁に背中を預け、カーペットに転がっていたクッションを取り寄せて抱きしめる。
咲は隣に並んで座った。


「なんで?」

「だって羽美は……お母様の子供でも、お父様の子供でも、ないもん……」


すん、とはなをすする。隣に座った小さな女の子の、とても悲しそうな横顔を見て、咲はずきんと胸が痛む思いがした。


「良い子にしてなくちゃ、お家にいたらだめだと思うの。
羽美、ほんとのお母さんの顔も知らないし、お母様のこともお父様のことも、お兄様のことも大好きなのに。

でもー、咲ちゃんはお兄様と結婚するでしょ?

そしたらお母様とお父様の子供になるでしょ?

それって、ずるいと思うの……」


切なげな声に胸を締め付けられる。だけど、同情なんてしている場合じゃなかった。


「もしかして、羽美ちゃん、知ってへんのかな」

「何?」

「さきょうまゆうごろうみ」

「…………?」

「言ってみて。さきょうまゆうごろうみ」

「さきょ……何?」


謎の言葉を発した咲の口元をぽかんと見つめ、羽美は素直に口を動かそうとする。


「さ、きょ、う、ま、ゆ、う、ご、ろ、う、み。何か気付かへん?」

「お兄様の、名前が入ってる?」

「そう。でも全然、ぜーんぜんそれだけじゃないねん」


咲と一緒に何度か繰り返すうちに、羽美は自分の名前が入っていることにも気づいた。

そして、あと3つ、誰かの名前が入っていることにも。


「……さき、きょうま、まゆ、ゆうごろう、うみ……?」


せいかーい、と満足気に言って、咲は微笑んだ。
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