私立秀麗華美学園
ぽかんとした表情のゆうかとそれをにこにこ眺めているヨハンを見て教室中は一時静まり返ったが、やがて女子たちの悲鳴が上がった。

俺だって上げたかった。きゃー! とかえええー!? とか叫びたかったけど、びっくりしすぎて声が出なかった。

で、驚いた次には腹が立ってきた。そりゃそうだ。自分の婚約者が見知らぬ……とまでは言わないが会って2週間そこそこの男に、頬だけど、キスされたんだ。そうだ、怒れ、月城和人……!


と思ったはいいが、怒り方がわからなかった。
てめー俺の女に、ならわかるが、てめー俺の好きな女に、ってどうなんだコレ。知るかんなもん、って話だろ。てめー俺の婚約者に? ヨハン婚約者なんて単語知ってんのかな。

などと優柔不断な思考を巡らせているうちに、言うタイミングを失ってしまったっぽかった。


「あ、いきなりごめんね。挨拶だよ。Besoと僕の国では言うんだけれど」

「……ああ、聞いたこと、あるわ。挨拶、よね」

「そう、挨拶なんだ」


異文化を持つ方にそう言われてしまっては、怒りようもない。……というのは、言い訳だと言われればそれまでだが。
とりあえずその説明に、女子たちは十分な理解を示したらしい。


「なんだ、挨拶なの」

「そういえば、見たことがあるようだわ」

「でも驚いちゃったわね」

「だって、確か花嶺さんってクオーターで、髪の色なんかも少し」

「そうよね。お似合いに見えちゃったものね」


こそこそとお互いを納得させ合うその言葉に、行き場を失った怒りとか何かの衝動が反応してしまう。

気づいたら俺は机に両手の拳をついて、身を乗り出していた。やっぱり何か言いたい気持ちはあるのだが、この場でなんかそれっぽいことを言う勇気もない。


自分のへたれ加減に改めて落胆して肩を落とし、ため息をついて教室を見渡すと、ある姿が目に飛び込んできた。
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