私立秀麗華美学園
「……見てこの様相。お父さんが見たら言葉失うわね」

「ゆうか器用だから、包丁使えないことはないと思うけど」

「だって手切ったら、和人ぜったい騒ぐし」

「……めんどくさくてごめん」

「そういうことじゃないけど」


むくれたゆうかが可愛かったのでそのまま眺めていると咲にどつかれた。
勝手なやつだ、と思っていたらおかゆの状況を見ろ、ということだったらしい。

そろそろいいんじゃね? とてきとうに返事をして器を出す。


「料理って、できたら楽しいやろうなあ」

「まあ、確かにな」

「そういう授業あればいいのに」

「俺らには他にもっと学ばなきゃいけねえことがいろいろあるんだろ」

「常用対数よりあたしは、フライパン使えるようになりたいけどな」


常用対数ってなんだっけ、と思ったことはおくびにも出さずおかゆの器を差し出す。

でも確かに、風邪を引いた大事な人に食べてもらうための料理の作り方よりも学ばなければいけないことなんて、あるんだろうかとは思ってしまう。


「治ったら雄吾に習えばいいじゃん」

「あたしはいっつも雄吾に与えてもらってばっかやなあ」

「それはお互い」


食卓にサラダを運んでいったゆうかを見ながら言う。


「優秀なパートナーを持つと大変だな」

「ちゃうねん、惚れたら負けやねん」

「それも確かに」

「あたし昔、雄吾がゆうかのこと好きになったらどうしようて思ってたことあった」

「……それは考えるのもおそろしいな」

「まあ今やから言えるけど、なんやかんやでうまくいったんちゃうあたしたち。4人まとめてな?」

「俺らも?」

「たぶん」


説明も根拠もない咲の言葉だったが、心強かった。咲と雄吾以上に俺たちのことを2人セットで知っている人はいない。

逆も同じく。出会ってもうすぐ10年だ。17才の俺たちにしてみれば、とっくに出会ってからの時間の方が長い。


「うまくはいってると思うけど、やっぱそれでも雄吾にはいろいろ勝たれへんねやろなあー」

「真似すんなよ」

「はあ? っていうか、和人、魚!」


慌ててコンロを菜箸をつかみコンロを引き出した。

勝てなくてもいいんだよな別に。
そう思えるような相手に出会えた、というか、そういう関係を築けた、というそれだけでほんとに充分だ。
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