私立秀麗華美学園
兄ちゃんたちと別れたあともたくさんの人と言葉を交わした。

ご機嫌いかがでしょう、と聞かれて、お陰様で、と返す。月城のことを聞かれたらわかる範囲で無難に返す。どうせ本気で知りたいことがある人は兄ちゃんたちに尋ねてくれるから。

花嶺とのことを問われた時だけ、相手や問いに応じていちいち答えを考えた。
それは去年や一昨年とは違った手間だった。いろんな答えを返しながら、今年は特別な年だったなあとしみじみ思う。


「和人くん」


息つく間もなく名前を呼ばれ、笑顔の仮面で振り向く。

今度はクラスメイトの親だった。特に個人的な交流があるわけではないが「同じクラスというのも何かの縁」だ。


「お元気そうで何よりです。うちのがいつもお世話になってますな」

「いえ、こちらこそ。高見さんもお変わりなく」


株式会社高見の社長さん。恰幅の良さと黒々とした髭が、淳三郎氏と重ならないこともない。


「幸弘は教室でどうです? あいつはまったく、自分のことは話そうとしてくれませんでなあ」


はっはっは、と笑うのに合わせて笑みを作るが返事に困った。
高見幸弘とはほとんど喋ったこともないし、そもそも基本的にゆうか以外の人間の動向なんぞ知ったこっちゃないのである。

高見といえば地理の授業で寝てるの見つかって怒られてたなあ……でもそういうこと言う場面じゃねえしなあ……と思考を巡らせていると、高見さんがあっさり話題を変えてきた。


「ところでその、お洋服のことですがね」

「僕のですか?」

「ああえっと、お二人の」


意味を悟って苦笑いする。
今日、姉ちゃん以外にそれを指摘してきた人はいなかったのだが。


「紛れさせ方が非常にお上手ですな」

「そうですか」

「ええ。まあ、職業柄、とでも申しますか」


ああ、と思わず声が出る。

高見は貸衣装屋としての名が最も高い。
前期の学園祭の出し物の時に、衣装を提供してもらったのも高見だ。


「ブランド名はもちろん、生地の色番も、試してみましょうか」


笑って丁重にお断りする。プロのお眼鏡じゃ、しょうがない。高見さんの方もその事実をつつきたいわけではないようだし。

持っていたグラスを目の高さまで上げ、高見さんは言った。


「これとよく似ていますな」


細い脚のグラスには少量の、赤のワインが揺れている。
< 393 / 603 >

この作品をシェア

pagetop