私立秀麗華美学園
「馬鹿馬鹿しい質問だと思います。
だからなんだと言うのでしょう。外圧的な力によるものであれ、理由など存在しない場合であれ、いつも傍にいる人間に特別な感情を抱くことの、何がおかしいのでしょう。何が悪いのでしょう。

むしろそれは当然のことなのではないでしょうか。最も自然な流れです。

正確に言えば「幼馴染だから好き」なのではなく「幼馴染だったから稔を好きになった」。わたしで言えばこういうことです。

そこだけ、混同なされませんよう」


きっぱりと、あまりにもきっぱりと言い放った真理子さんの言葉は、確かに違いないだろうと思えてならないものだった。

「姫だから好き」なのではない。当たり前だ。「姫だったからゆうかを好きになった」、その通りだと思う。


「不躾な物言い、失礼致しました」

「……あまりにも筋の通ったご意見で、吸収するにの苦労しているところです」


階段まで着いて、真理子さんは俺に先を譲りながら静かに微笑んだ。


「あとはそうですね、もし違う人間がその「いつも傍にいる人間」の位置にあったなら、ということでしょうか。
その場合にはやはりそちらを思ってしまうのが自然ということになり、誰でもいいんじゃないのか、などと言われないとも限りませんが……」


踊り場でちらりと表情を伺う。なんだか楽しそうだ。


「限りませんが、それはもはや嫉妬の域ですから、深刻に考える必要もございませんでしょう」


あっけらかんとオチをつけたので笑った。それは確かにそうだ。でもそこまでは、たぶん、言われたことなかったな。残念だ。


ぐるり、ぐるりと階段を上り終わって、喧騒がまた遠のく。離れて見れば混沌とした会場は別世界みたいだ。


「大変参考になるご意見をありがとうございました」

「いえ……お役に立てたなら幸いです」


足を速めた真理子さんが、テラスへの扉のノブを握る。

そのまま回そうとした力をふと緩め、ためらうように言った。


「ただ、ひとつ思うことは」


シャンデリアの光を跳ね返す眼鏡のフレームに、黒い髪が一筋かかる。


「この長さです。報われずとも固執して。特別な位置になり得る人間は、ただひとりであるはずもありません。
一途は狂気ですね」


なんでもないことのように言って笑って見せる真理子さんが開けた扉を、俺は黙ってくぐった。
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