私立秀麗華美学園
少しだけ零れた涙を拭いて槙野さんは深呼吸をした。泣き止んだというか、なんとか持ち直した、みたいな様子だ。


「ごめんなさい、取り乱してしまって」

「いいよ。涙を流す槙野さんも綺麗だったよ」


俺はおぞけ立って何も言えなかった。漫画でもギャグ扱いの台詞だろうと思ったが、槙野さんははにかんでいた。世界は時折、笠井進を中心に回る。


「もしよければ、話してくれないかな。力になれることがあれば」


迷っていた様子の槙野さんだったが、しゃがみ込んで自分を見つめてくる進の真摯さに根負けしたように、眉をハの字にしながら答えた。


「実は、昨日、お父様から連絡があって」


俺も自分の椅子を近づけて座る。


「突然、本当に突然なの……お父さまは来年度から、PAK制度を、利用するおつもりなんですって……」


それは、つまり、婚約者の存在をほのめかされたということ。


「……相手は?」

「B組の、桜木君とか」


それを聞いて、俺と進は共に顔をしかめた。


「……桜木君か。去年同じクラスだったけれど……」


進が言葉を濁す。俺が桜木と同じクラスだったのは中等部の時で2年前になるが、とても婚約者になって嬉しいとは言えない相手だということは、断言できる。

やつの父親は誰でも知っているような会社のトップで、学園への寄付金もかなりのものだ。大きな権力を持っている。
それは彼のところに限ったことではないのだが、問題はそれを息子が過剰に自覚しているということにある。

要するに品がないのだ。言っちゃ悪いが、親の七光りという言葉はやつのような人間を見て作られたに違いない。


「お相手の方のことはあまりよく知らないの。覚悟を、全くしていなかったというわけではないけれど、とにかく驚いてしまって。それに……」


消え入りそうな言葉の先に浮かんでいたのはきっと、例の、部活の先輩の名前だろう。そのことを教えてくれた時の彼女の笑顔が思い出されて、胸が痛んだ。
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