私立秀麗華美学園
「それで、お相手の方は」

「そうそう、問題はそちらなのですよね。
周りどころか、私は大事な相手のことも、しっかり見ることができていなかったみたいで。当然相手も自分と同じ気持ちでいると、信じて疑わなかったんですね。

朝の5時やら6時やら、始発の出る時間に待ち合わせをしましたが、相手はいっこうにやってきませんでした。
携帯電話などもない時代ですから連絡の取りようがなく、私は重い荷物を背負って、ひたすら木製のベンチに座り通しでした。

何かあったのかと相手を心配する気持ちもありましたがこのままではみっともなく家に帰らなければならないという気持ちも強くて。かと言って一人で逃げ出すほどの勇気は持ち合わせておらず、あたりが暗くなる頃に私はすごすご帰宅しました」


そのまま物語になりそうな、典型的な駆け落ち計画と、その失敗。

そんなことを学園長の口から直々に聞いているという非現実的な状況に、話を追っていくだけでいっぱいいっぱいだった。


「くたびれて気力を失った私はもう結婚のことなぞどうでもよくなっておりました。
もう家には帰らないという旨の置手紙をしたためて出ておりましたから、どれだけ叱りを受けるだろうかとそればかり考えて帰宅しましたが、私を迎えたのは怒声ではなく、激しい嗚咽と安堵の声でした。

父も母も兄弟も、誰も私を叱らず、無事の帰宅を喜んでいたのです。
その時私は初めて自分がどれだけ恵まれていたのかを知りました。

その日は何も言わずに寝かしつけられ、翌朝早くにあの写真の男性と対面させられました。彼はなんと昨日一日、私を捜索してくれていたのだと言います。
私は心から詫び、一時は口も利きたくないと思っていた父の話を、おとなしく聞くことにしました。

すると、父は私の交際相手を知っていたのだと言います。そして彼に女遊びの気があったということも。
それを聞いてやっと、ああ私は彼に裏切られたんだわとの認識を得ました。
しかしそれも大した衝撃を私に与えたわけではありませんでした。
それに関しては、所詮はその程度の気持ちだったの一言に尽きるでしょうね」


神妙な面持ちで、どんな言葉を反応として返したらいいのか困惑している俺たち4人。
零さんも口は挟まないが、槙野さんの反応を特にうかがっている様子は見てとれた。
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