私立秀麗華美学園
「父は私に、押し付けの結婚を迫っていたわけではありませんでした。
私が傷つかないようにと真実を伏せ、黙って私の幸せを考えてくれていたのだと言います。

それから私は例の恋人とは一切連絡を取らず、父の選んだ、話したこともない私を一日中探してくれていた写真の男性と、婚約しました。

初めこそ、そううまくはいきませんでした。私は傷心というほどではないにしてもやはり小さな傷を負っていましたし、一度は逃げ出したという負い目のために遠慮がある上、相手、つまりは零の祖父にあたるわけですが、彼は寡黙な人でした。

それでも何度も逢って少しずつでも言葉を交わし、相手のことを知っていくにつれ、私は彼をすっかり愛すようになりました。できる限り早く彼と結婚したいと思い、卒業と同時に籍を入れました。

あとから思えば、もしあの駆け落ちが成功していたら、私は一体どうなっていたんだろうと思います。今のような生活は当然ないでしょうし、あとはそうね、零に出会うこともできませんでしたね」


ほほほと笑う椿先生にピースを返す零さん。寡黙なご主人との繋がりはあまり感じられなかったが、仰る通り、椿先生が父親の選んだ人との結婚を選ばない限り、零さんが誕生することはなかったのだ。


「だけど、それは」


隣で、槙野さんが口を開いた。視線は落としたまま、意を決したように言葉を発する。


「たまたま、先生のお父様がお選びになった方が、とても良い方だったからで。その選択が必ず幸せに繋がるとは、限らないのでは――」

「結論を急いではいけませんよ。もう少しだけ私のお話を進めさせて頂きましょう。

そうして私は良い結婚相手を得、子供を4人産みました。
その長女、零の母親がだいぶ大きくなった頃、かねてからの計画であった小中高一貫の学校を運営が始まりました。
私立秀麗華美学校の創設です。

初めは夫が学園長をつとめ、私は理事長をやっておりました。毎日毎日それは忙しかったのですが、順々に年頃になってゆく子供たちとの時間は減らさぬように努めました。もちろん、自分の過去の経験からです。

家族というものの繋がりはいつの世も強く、だからこそ政略結婚という手段は有効で、無くなりはしないのでしょう。
私も娘に勧めたい相手がおりましたので、頃合いを見て伝えましたが、きっぱりと断られました」
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